2012年1月24日火曜日

自分にとって音楽は趣味というより義務

人間の価値を決める要素として、偏差値よりかは音楽的才能の方が重要な気がする。勉強が出来ることが善であるとすれば、それ以上に音楽ができることが強い善である。
音楽を趣味だと考える価値観には疑問を感じる。むしろ収入や学歴に準ずるくらいのレベルで人間のステータスを決める力があるように感じる。勉強できるやつや収入が高い人間よりも音楽が出来る人間の方が「スゴイ」と感じられるのである。

2012年1月6日金曜日

ピアノを弾く時の集中力とカラオケの時の集中力は似ている気がする。

ピアノを感情をこめて弾くとある種の集中状態に入るが、それは歌を歌う時に意識を集中させるときと共通する部分がある。また音楽以外の活動を集中して行う時と共通する脳の使い方をするように思う。ドラゴン桜で、ギターなど勉強以外のことに夢中になった経験のある人は、いい頭を持っているので、勉強をするとよく伸びるといったことが書かれていたが、最近になって
すごく納得した。

久しぶりにカラオケに行って来た。

時間がもったいないので最近はカラオケに行かず、家で、声だしの練習をしていただけだったが、機会があったのでカラオケに行って来た。目論見通り、最低限の練習をするだけで、声の維持、向上が十分できるな。
カラオケで無目的に何時間歌ってものどを潰すだけでほとんどうまくならん。
地声、裏声の維持、声の表情の付け方、カツゼツなど前にカラオケに来た時に比べて格段に良くなった。
勉強など他の活動が煮詰まった時に歌の練習をするので、時間が大幅に節約できるだけでなく、他の活動にもプラスの影響を与えている。

2011年12月24日土曜日

声を維持するのに一日何時間も練習する必要はないな

歌を歌うための基礎となる声を維持するのには、一日に
十分程度的確な練習をすれば十分な気がする。
何時間も練習してもよほどうまくやらないと歌がうまくなるのに役立つとは思えない。
素人のカラオケレベルの歌声を維持向上させるには、毎日十分単位の練習をすることだろう。

2011年12月23日金曜日

いい曲をつくるだけなら誰にでもできる。だが、音楽を売れる人間は一握りだ。

商売における、物、買い手、売り手の三者において、
買い手、売り手が重要な要素のなる(いいものを作るよりも、うまく売る、買わせることが重要になるということ)
分野の一つに音楽があげられる。
一般に、音楽ではとりわけモノが重要視される傾向が強い。アーティストの、芸術性、才能、努力。だが、商売としての音楽過程、もっと広く見れば社会全体として音楽が生産され供給され、人々が耳にする過程を考えれば、モノ(曲そのもの)の比重は案外小さくなってしまう。
こういった構造が成り立つ背景として本質的なものに、人間の耳が音を聞いて快楽を得るという生物的な構造を考えた時に、そこまで、複雑なモノ、高尚なモノは必要ないということだろう。作り手の努力や才能に対し、聞き手はそこまでのモノを要求していない。作り手が「レベルの高い」音楽を作ろうとすればするほど、聞き手(買い手)から見れば快楽を得るのとはほど遠くなっていく可能性がある。商売として考えるなら、コストが少なくて、安易に聞き手に快楽をもたらすものを作り、それをたくさんの人に聞いてもらい多くの人に関心を持ってもらう。
単純な曲で快楽を得られる買い手とたくさんの人に聞かせる売り手側のシステムが完成していれば、曲自体は、(作り手から見れば)劣悪、手抜き、なものでも必要かつ十分なのかもしれない。

芸術性が低いものの方が商品としての価値が高いことも割と多いのだろう。

2011年12月7日水曜日

ピアノ

最近ピアノを良く弾くようになった。やっぱり同じ曲を完璧に弾けるようになることがやっぱり大事やな。

2011年11月11日金曜日

音楽を聴く量が増えた

ここ数日音楽を聞きまくっている。
勉強があまり進んでいないためだ。ニコ動でmadあさりをしていることも関係している。
神力vocaloidのレベルが高くて驚く。アイマス系の動画に多い。アイマスは熱狂的なファンがいる証拠なのだろう。